マツケン アーカイブ

サワディ クラップ!

カルチャーショックは、思いがけない時にやってくる。

チェンマイ(タイの北部)からパイという田舎町に行くバスの中だった。
4月のタイは1年の間で、一番暑い季節。バスにはエアコンの代わりに、生ぬるく、じめっとした空気をかき回すだけの扇風機があった。水掛け祭りの最中だったので、窓を開けていると、道路で待ち構えている、水いっぱい溜め込んだバケツを持ったタイ人が、自分たちの乗ったバスの、開けた窓へ目掛けて、遠慮なく水をぶちまける。その前に窓際に座った乗客が濡れないよう窓を閉めるのだが、気を抜いていると、窓を閉められず、バスの中は水浸しになる。

そんなバスの中で、一番先頭の運転席の左隣に座っている、一人のタイの男性が飲み物を飲んでいた。350mlの缶にストローを挿して飲んでいた。ジュースを飲んでいるのかなと思って、よく見たらなんとそれはビールだった。彼はビールをストローで飲んでいた。なるほど。炭酸系のジュースや紙パックの日本酒をストローで飲む光景は、日本でも普通に見られるが、今までの自分の人生で、ビールをストローで飲んでいるのを見たのは、彼が初めてだった。思わぬ死角だった。ストローで酒を飲むとなぜか知らないが、酔いやすくなるそうだが、美味しいのだろうか。

タイでは、缶やビン、ペットボトルに口をつけて飲むことは、行儀のよくないことだとされる。その為、ストローを使って飲む。

考え方、習慣、行動、物、マナー、食べ物、言葉、その土地の植物、動物、気候など、その国の人にとっては、当たり前で、おかしくも面白くないことが、外国人にとっては、想像を絶するような思いがけないことに映ることがある。それは、今まで生きてきた自分の国の価値観や固定観念で縛られているから、新鮮だったり、面白かったり、珍しかったり感じるのだろうと思う。また、逆に、比較対照ができる為、自分の国の今まで気付かなかっことが気付いてくる。(例えば、何故、日本の道路は、自転車専用レーンがないのか。日本は外国に比べて自動販売機の数が異常に多いとか、飲み物の種類が異常に多いとか、日本のお菓子のクオリティは世界トップレベルとか。)それを勝手に逆カルチャーショックと呼んでいる。

そんなに大したことではないが、教科書でも、テレビでも、本でも教えてくれなかったことを、旅の間に発見することが、自分にとって、旅の醍醐味である。

コップン クラップ

サワディ クラップ(タイ語でこんにちは)。

先日、タイに行ってきた。何年ぶりだろうか。5年以上は経っている。
バンコクに行ったら、カオサンストリート(バックパッカーがいっぱいいるところ)に行って、屋台でタイ料理を食べて、ロティ(甘ったるいバナナのクレープといったところか)を食べて、タイの古式マッサージをして、シンハービール飲みながら、シーフードを食べて。。。など、行きの飛行機であれこれ作戦を練っていた。

タイの新空港は、とても近未来的だった。成田空港よりでかい。
空港を出た。蒸し暑い。すぐにタクシーに乗った。ドライバーは、英語がほとんど話せなかった。彼の英語まじりのタイ語から「ソンクランー、フェスティバルー(ソンクランフェスティバル)」、「カオサン、メニ メニ ピーポー(カオサンストリートは、人がいっぱい)」など聞こえた。ガイドブックに、4月中旬くらいに水掛祭りがあるという情報が書かれていたのを思い出し、「あっ、水掛祭りか。」とすぐにわかった。

「ソンクランフェスティバル(水掛祭り)」

ソンクラーンとはタイにおける旧正月のことであり、タイにおける旧暦の新年である。現在、政府によって4月13日から15日(仏暦・西暦)に固定されており、祝日になっている。もともとは、純粋に新年のお祝いであり、家族が一堂に集って共同で仏像のお清めを行ったり、年輩の家族のお清めを行う期間であったが、後に単なる水の掛け合いに発展したため、現在では新年と言うよりも祭りという色彩が強い。このため日本では(タイの)水掛け祭りという言い方もする事がある。

カオサン近くについて、ドライバーが、ここからは人が多くていけないからここで降りてと言われ、降りた。そこからカオサンに歩くと、人、人、人、人。みんな、水鉄砲を持って列を作って歩いていた。みんなびしょぬれだった。みんな、友達だろうが、恋人であろうが、他人であろうが、外人であろうが、辺り構わず、水を掛けまくっていた。久しぶりのカオサンに着いて、思い出に浸りながら歩きたかったのに、これじゃ落ち着いて歩けない。

そんなお祭りが前祝いを含め4日間続いた。どこ行っても、水を掛けられた。移動のバス(エアコンでないから、窓を開けて走る)、トゥクトゥク(3輪オートバイのタクシー)に乗っていても、レンタルバイクで走っていても、歩いていても、常にびしょぬれだった。しかも、祝日の為、閉まっているお店が多かった。着いたその日に、タイマッサージに行こうと思ったのだが、閉まっていて、やっと行けたのがタイに着いてから3日後のことだった。とほほ。。

水掛祭りは、老若男女、国籍問わず、みんなで楽しめるお祭りなのでとてもいいお祭りだと思う。
日本の厳かな新年の祝い方とは、全然雰囲気が違う陽気な祝い方だった。

コップン クラップ(ありがとう)

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■参考サイト

ソンクラーン

先日、サントリー美術館で開催されているロートレック展に行ってきた。
19世紀のフランスの画家。本名は、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。

その頃のパリは、大衆文化に花開いた「美しき時代=ベル・エポック」を迎えていました。モンマルトルの丘は、「ムーラン・ルージュ」をはじめとするダンス・ホール、カフェ・コンセールやキャバレーなどの娯楽施設が立ち並び、多くの市民や観光客でにぎわう歓楽街として栄えていました。そこでロートレックは、ダンス・ホールや劇場、娼館などに入り浸り、歓楽の世界に生きる芸人たちや娼婦などの人々の華やかな姿や悲哀を描き数々の傑作を残しました。その大胆で斬新な画面構成によるオリジナリティあふれる作品は、ピカソをはじめとする当時の画家たちに大きな影響を与えます。

ロートレックの絵も良かったが、その頃のパリの文化も知れて一石二鳥な展覧会だった。

■参考サイト
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
サントリー美術館

「恋人までの距離 Before Sunrise」
監督:リチャード・リンクレイター
俳優:イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
あらすじ:ヨーロッパの長距離列車の中で出会ったアメリカ人学生ジェシーと、フランス人女学生セリーヌ。ふとしたことから意気投合した二人は、翌日の朝までの時間、ウィーンの街を歩き回る。

ウェイキング・ライフが面白かったので、リチャード・リンクレイターの別の作品を観てみた。
映画のタイトルから分かるように恋愛もので、2人の会話の端々にリチャード・リンクレイター節が出ているが、話の内容が小難しくて、一回見ただけじゃ、よくわからなかった。
全然感情移入できず、印象的なシーンといったら、ジェシーがセリーヌと会ったその日にいきなりバスの中でいちゃつこうとしたシーンだけが、イーサン・ホークだからセクハラにはならないのだろうかと思った場面だけだった。
途中で、墓場(だったけか?)で、2人して寝転んで話をするシーンがあったが、「エターナル・サンシャイン」のアイススケート場で、ジム・キャリー扮するジョエルとケイト・ウィンスレット扮するクレメンタインが寝転んで話をするシーンは、それのパクリなのだろうか。。

■参考サイト
恋人までの距離 - Wikipedia

監督:リチャード・リンクレイター

あらすじ:
主人公が、自分の部屋で何度も目覚めるが、いつも夢の中にいる状態から抜け出せないでいる。
夢と現実が分からない状態のまま、色々な人に出会う。出会う人は、皆、「生きることは何か」、「夢とは何か」など、哲学的なことを主人公に語りかける。しかし、誰も、主人公の夢と現実がわからない状態を教えてくれない。

 +++

久しぶりに、また、観てみた。面白い。まず、内容の前に観ているだけで面白い。主人公が、夢か現実かわからないまま、夢遊病者のごとく、色々な人に出会うのだが、実写でなく、アニメーションだからこそ、その夢か現実かわからない非現実的な世界をうまく表現できていると思った。髪の毛がゆらゆら揺れていたり、人が雲になったり、常に周りが歪んでいたり。。。
また、サントラも、バイオリンやピアノのセッションのシーンでの曲が、クラシックでありながら、ロケンローぽくて格好良かったり、哲学的なことを語り弾きしているウクレレ弾きの曲が、軽いテンポのソフトなミニマルだったり、リチャード・リンクレイターは、音のセンスがいいなと思った。

この映画の中でのお気に入りのシーンの一つ、「聖なる瞬間」。
日が暖かく、爽やかな昼下がりに、恐らく初めて会ったのであろう、二人の男が無言で見つめ合い、「聖なる瞬間」を感じる。そして、その後の「聖なる瞬間」を共有し合った二人の想像だにしなかった、素晴らしい物理的、精神的変化。いきなり、初めて会った人に、「聖なる瞬間」を感じてみようと言われて、沈黙のまま見つめ合うなんて、すごい話の展開だなと感心してしまった。そして、一人はすごく真面目にその瞬間を「聖なる瞬間」として感じていて、もう一人は、引き気味で、その瞬間を「気まずい瞬間」として感じている。それを客観的にうまく撮っている。「聖なる瞬間」中に聞こえる犬の鳴き声が、普通の何気ない平和な一日を演出していて、絶妙だなと思った。

監督:ジャスミン・デラル
出演・音楽 : タラフ・ドゥ・ハイドゥークス、エスマ、アントニオ・エル・ビバ・フラメンコ・アンサンブル、ファンファーラ・チョクルリーア、マハラジャ

インドに起源を持ち、千年前から、世界中を旅してきた民族、ジプシー。
スペイン、ルーマニア、マケドニア、インドで、現在活躍しているジプシーバンドが結集し、アメリカをツアーする、ジプシー・キャラバン

この映画を観る前の、僕のジプシーに関する乏しい知識は、ヨーロッパで路上芸人として生計を立てている人たちということだけだった。
しかし、ジプシーは、路上芸人としてだけではなく、普通の人たちと同じように、商売をして生計を立てている人たちもいるのだということを映画を観て、初めて知った。
観て思ったことは、ジプシーの音楽は、定住した国によって違うんだなと思った。しかし、彼らの音楽の根底にあるものは、同じだった。ジプシーの音楽は、悲しみから生まれた音楽だった。

映画に出てくるジプシーは、ジプシー以外の人たちに迫害されながらも、音楽を生業として生きていくという点では、被差別階級だった日本の歌舞伎役者に似ていると思った。

僕は、ジプシーに会ったこともないし、話したこともない。なぜ、ジプシーは、世界中から、嫌われているのだろうか。映画を観る限り、見た目以外に、僕ら、日本人となんら変わりのない人達だった。しかし、何か理由があったから、インドから世界中に散らばっていったのだと思う。ジプシーは、ユダヤ人と同様、その土地土地で迫害されながら生きてきた。何故、その土地の人たちに嫌われて、旅を始めたのか、映画を観ている間、ずっと気になっていたが、描かれていなかったのが、残念だった。

No love,No life

あるジプシーの言葉

一見古いが、オリジナリティに溢れ、逆に新しい、唯一無二のクイズ番組。

僕が小学生の頃、すごくハマッていた、深夜やっていたクイズ番組「IQエンジン」をYou Tubeで発見した。小学生だったので、夜中まで起きていると親に怒られるので、録画して観ていた。
今観ても、面白い。

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
主演:ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ガエル・ガルシア・ベルナル、役所広司

観ている間、モロッコ、アメリカ、メキシコ、日本で起きた事が、最後どのように結び付くのか、興味津々だった。
しかし、興味津々で観ていたが、いつの間にか映画が終わってしまった。。。その4ヶ国で起きたことは、ほとんど、結び付かなかった。映画を観た限り、その4ヶ国で起こった事が結びつくのは、役所広司扮する男が、猟銃を遊牧民に譲り受け、モロッコ旅行中のアメリカ人夫婦の妻がその銃で撃たれ、その子供たちがメキシコ人のお手伝いさんの息子の結婚式に参加する、という間接的な結び付きだけだった。。。
監督は、何を伝えたいのか、映画を観ただけでは、全然わからなかったので、インターネットで調べた。

「21世紀の今、この星全体が“バベル”のようになってしまった。世界のあちこちで争いが絶えないばかりか、もはや言葉が通じる隣人や親子でさえも心を通わすことができない。かつてない急速な発展を遂げた情報化社会に暮らしているのは、どこにも届かない想いを抱いてさまよう私たちの孤独な魂なのだ。」

なるほど。現代社会のコミュニケーションの難しさを描きたかったのか。インターネットで調べて、やっとこの映画の伝えたいことがわかった。しかし、疑問は残る。
モロッコでの銃撃事件。アメリカ人夫婦が話していた「サム」という人が絡んだ悲しい事件。
メキシコでは、結婚式の帰りに、メキシコ・アメリカ間の税関で、お手伝いさんと同じメキシコ人役のガエル・ガルシア・ベルナルが、一緒に乗っていた、お手伝いさんとモロッコ旅行中のアメリカ人夫婦の子供2人を車から降ろし、逃走する。何故、逃走したのか。
日本では、自殺した母親とモロッコの銃撃事件で使われた猟銃の元持ち主の役所広司扮する父親を持つ、聾唖の女子高生が、刑事にメモを渡す。何が書いてあったのか。。。

全ては、描ききれてないと思った。結論として、あまり面白くなかった。
サントラだけは、良かった。

【参考サイト】
映画『バベル』公式HP

先日、友人のおすすめで、ウディ・アレンの「スコルピオンの恋まじない」を観た。
ウディ・アレンの映画を観たのは、今回が初めてだった。何故、今までウディ・アレンの映画を観たことがなかったかというと、予告を観ても、全然観たいと思ったことがなかったからだ。でも、友人からすごく面白いよと言われて、じゃあ、これを機にウディ・アレンの映画を観てみようと思い、TSUTAYAにDVDを借りに行った。

映画のあらすじは、1940年代のニューヨークが舞台で、ウディ・アレン扮する主役の保険調査員が、同僚の誕生パーティに出席し、そこで、催眠術ショーの実験台にされて、実際に催眠術にかかり、そのショーの後も、催眠術が解けず、催眠術師に操られ、宝石を盗んでしまう。一方、新人の経営コンサルタント?として入社してきた女性と最初は仲が悪かったが、ウディ・アレンが段々と好きになってしまうという、恋愛あり、コメディあり、サスペンスありの映画だ。

映画を観た感想は、あまり面白くなかった。
主役が催眠師に催眠術をかけられて、宝石を盗むというところが、非現実的で感情移入ができなかった。また、映画の中で、主役がただのおじさんで、特にかっこいいというわけでもないのに、女性にもてる役で、これまた、話に無理があるのでは。。。と思わざるを得なかった。
サスペンス映画として、全くハラハラするシーンがなく、コメディ映画として、爆笑するシーンがなく、恋愛映画として、感動するというシーンがなかった。

僕にとって、初のウディ・アレンの映画だったが、残念な結果となってしまった。


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